ゆうこさん

1期生・作業療法士

シーソーから降りた。自分の幸せと、相手の幸せは、同時に存在できる

  • #自分にやさしくできない

  • #他者優先

受講前のわたし|「本当は断りたい」——その声に、気づくことさえなかった

仕事だし、そもそも『本当は断りたい』っていう声に、気づくことさえなかった。限界を超えても超えても、まだ頑張って。もう頑張れないってなったときに、はじめて自分に目を向けて。だけど、自分を優先したら相手を犠牲にするんじゃないかと思ってまた頑張る。本当にもう頑張れない!となったときに爆発して、私はこれだけ我慢したんだから次はあなたでしょ!ってなってた。

本当は悲しい、傷ついてても、気づかないようにしてた。自分の感情を麻痺させて、『私がやらなきゃ』でコップをいつも空にしていたんだと思う。

シーソーと同じ感じ。自分の幸せと相手の幸せがシーソーの両端にあって、どちらかが上がればどちらかが下がる——つまり同時には成立しない。そんな感覚の中に、ずっといた。


FOLKEに参加したきっかけ|飛び込まなかったら後悔する。

正直、参加は悩みました。講義の時間は、いつもだったらもう寝る準備している時間だし、青森の冬。夜の道を運転してオンライン講義参加するためにレンタルスペース行きたくないし、パソコン苦手だし……でも、それを言い訳にして飛び込まなかったら、将来後悔しそうだなって。もっと自分の人生を生きればよかったって思う、そのひとつになりそうで。

いつ死んでも『私は私を生きたわよ。あなたはどう?』って葬式に来てくれた人に、ちょっぴり挑戦的に問いかけて、前向きな気持ちにさせられるような自分になりたかった。桜子さんと話して、このFOLKEがどうなっていくのかも見てみたいなって思う自分もいて、最後は勢いで、飛び込みたくなってた。


FOLKEで変化したこと|自分へのジャッジがなくなった

FOLKEの受講を終えた後は、これまで自分と向き合ってきたことへの集大成になった感覚があった。

そして、卒業後のコミュニティにも参加しながら、仲間と対話をして過ごす中で、今は自分の内側に閉じこもることも、自己犠牲的になることも、そのときのいのちが必要なものを満たそうとしてた、最善最適の行動だったんだって思える自分がいる。
ジャッジがなくなった。自分へのジャッジが。

その変化は、長年手放せなかった感覚にも、じわっと届いていて。

受講前は、生理前になると「死にたい」という感覚に苦しんでいた。今もその波は来る。でもある夜、強い自責とその感覚が重なったとき、「今の私は、これをどう捉えてるんだろう?」って自分に好奇心を向けたら、スッと抜けた。この衝動も、いのちが何かを求めているサインなんだ、って思えた。

その感覚は、日常の中にも少しずつ広がっていった。

最近、患者さんが「全然良くならない」って言ったときの自分の反応が変わって。前は、「責められてる」と防御反応してたけど、今は、「早く良くなって趣味を楽しみたい、自分の時間を楽しみたいっていう気持ちかな?」って思える。相手が本当には何を大切にしたいのかに意識を向けることで、相手の表現方法に振り回されなくなった。シーソーから降りれたんだと思う。自分には自分の大切にしたいことがある、相手には相手の必要とすることがある、それぞれのいのちにあることを理解し合えれば、妥協も我慢もなくともに在れる。自分と相手の幸せの最適なバランスをとろうとするのではなく、あるがままを受け取り合った先にある創造性を信頼できるようになってきた。


PERMA(幸福度)の変化|今ここにいられる時間が、増えてきた

FOLKEを通して、自分という存在への理解が深まったことで、自分の感覚を信頼できるようになった。全ては自分のいのちが満たしたがっているサインだと腑に落ちてからは、ネガティブも怖くなくなった。今も惑うし揺れるし、本音がわからなくなるときはある。けれど、迷い立ちすくむ自分もありのままに受け入れたうえで、自分から湧き上がるものに身を委ねられるようになってきた。
人間関係の感度が上がったのは、自分を生きることを一緒に探求できる仲間と出会えたことも、すごく大きい。

FOLKEの3ヶ月で、PERMA(幸福度全体)のスコアは7.13から9.13へ。人との関係性は7.33から9.67へ。そしてネガティブ感情は3.00から1.33へと、ほぼ半分以下に。


FOLKEってどんな場所?|存在を祝う場所

以前はFOLKEの別の期の人たちですら怖かったのに、今はその感じがなくなってきてて、周りの人への接し方も、自己開示の仕方も、気づいたら変わってきてた。

FOLKEは、私たちみんなの物語。FOLKEで幸せのスキルを学んだからといって、ずっと快適に過ごせるわけではない。それぞれに葛藤したり、絶望したりすることはもちろんある。それでもこの場に集い、交わるなかで、その人がその人を生きている今この瞬間を祝福し合える場所だと思う。

上へではなく、奥へ。深く根を下ろすことが先で、根を下ろすからこそ、横にも上にも伸びていける。ちがいはそのままに、調和を生み出す。そんなイメージで、これからも実験していきたい。

撮影:makino